どうも、H1R0Iです。
歌詞の種は、特別な出来事の中だけにあるわけではありません。
大きな別れ。
強い感動。
忘れられない挫折。
人生を変えるような出会い。
もちろん、そうした経験から歌詞が生まれることもあります。
けれど実際には、もっと小さなところに歌詞の種が落ちていることがあります。
誰かが何気なく言った一言。
自分でも理由はわからないのに、少し心に残った言葉。
その場では流したのに、あとから何度も思い出す言葉。
嬉しいのか、寂しいのか、うまく説明できない言葉。
そういう一言の中に、歌詞の入口が隠れていることがあります。
たとえば、誰かに何気なく言われた「大丈夫?」という言葉。
その一言で、急に泣きそうになることがあります。
言葉そのものは珍しくありません。
でも、そのときの自分にとっては、とても深く響いたのかもしれません。
なぜ、その言葉が残ったのでしょうか?
本当は、誰かに気づいてほしかったのでしょうか?
それとも、自分でも平気なふりをしていたことに、その一言で気づいてしまったのでしょうか?
こうして見つめていくと、何気ない一言はただの会話ではなくなります。
自分の心の奥に触れた言葉になります。
作詞に必要なのは、特別な言葉を探す力だけではありません。
何気ない言葉の中に、自分の心が動いた理由を見つける力です。
日常の中で交わされる言葉は、すぐに流れていきます。
でも、作詞家の目線で見るなら、心に引っかかった言葉は少しだけ立ち止まって見る価値があります。
なぜ、気になったのか。
なぜ、忘れられないのか。
なぜ、その言葉に少し傷ついたのか。
なぜ、その一言で救われたように感じたのか。
その問いの中に、自分の言葉が戻ってくることがあります。
歌詞の種は、最初から歌詞らしい形をしていません。
むしろ、最初はただの会話の切れ端のように見えます。
でも、その切れ端を丁寧に見つめると、そこに感情があります。
願いがあります。
痛みがあります。
誰かに届けたいものがあります。
何気ない一言を拾える人になるということは、日常の中にある心の動きを見逃さない人になるということです。
歌詞は、遠くに探しに行くものではありません。
あなたが今日受け取った言葉。
誰かに言えなかった言葉。
何気なく聞いたのに、心に残ってしまった言葉。
その中に、もう歌詞の種はあるかもしれません。
大切なのは、それをすぐに流さないことです。
少しだけ立ち止まる。
なぜ残ったのかを見つめる。
その一言の奥にある感情を探してみる。
そこから、自分の言葉は少しずつ育っていきます。
H1R0I
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