自分の言葉とは、どこから生まれるのか

どうも、H1R0Iです。

歌詞を書いていると、ふと不安になることがあります。

「これは、本当に自分の言葉なのだろうか」

どこかで聴いたことがあるような言葉。
誰かの歌詞に似ているような表現。
本やSNSで見かけたようなフレーズ。
かっこよく書こうとしているうちに、自分から離れてしまった言葉。

そういうものが並んでいるのを見て、急に手が止まることがあります。

自分の言葉で書きたい。
でも、自分の言葉が何なのかわからない。

この悩みは、作詞を続けていくうえで、とても大切な入口です。

なぜなら、自分の言葉は、最初からきれいな形で出てくるものではないからです。

「自分らしい言葉」と聞くと、多くの人は、他の誰も使っていない独自の表現や、印象的で個性的なフレーズを思い浮かべるかもしれません。

けれど、自分の言葉とは、珍しい言葉のことではありません。

自分の言葉とは、
自分の心を通って出てきた言葉のことです。

たとえ平凡な言葉でも、
たとえよくある表現でも、
そこに本当に感じたものが通っていれば、その言葉には温度が生まれます。

反対に、どれだけ美しい言葉を選んでも、
どれだけ技巧的な表現を使っても、
自分の心を通っていなければ、その言葉はどこか借り物のように見えてしまいます。

自分の言葉は、頭の中だけから生まれるわけではありません。

経験から生まれます。
痛みから生まれます。
違和感から生まれます。
嬉しかった瞬間から生まれます。
言えなかった本音から生まれます。
誰かに伝えたかったのに、伝えられなかった気持ちから生まれます。

つまり、自分の言葉は、自分の人生の中にあります。

ただし、それは最初から歌詞の形をしているわけではありません。

最初は、ぼんやりした感覚です。
胸の奥に引っかかるものです。
うまく説明できない違和感です。
何度も思い出してしまう場面です。
なぜか忘れられない誰かの一言です。

そういう、まだ言葉になりきっていないものの中に、自分の言葉の種があります。

だから、作詞で大切なのは、いきなり上手い言葉を探すことではありません。

まず、自分の中にある小さな反応に気づくことです。

なぜ、その出来事が気になったのか。
なぜ、その言葉に傷ついたのか。
なぜ、その景色を覚えているのか。
なぜ、その人のことをまだ思い出すのか。
なぜ、その感情をなかったことにできないのか。

この「なぜ」を見つめていくと、少しずつ自分の言葉に近づいていきます。

自分の言葉は、無理にひねり出すものではありません。
自分の心の奥にあるものを、丁寧に迎えに行くものです。

ここで気をつけたいのは、正解を探しすぎないことです。

作詞を学ぶほど、どう書けばいいかを考えるようになります。
それ自体は悪いことではありません。

でも、考えすぎると、自分の中から出てきた言葉よりも、正しそうな言葉を選ぶようになります。

リスナーに伝わりそうな言葉。
歌詞っぽく見える言葉。
評価されそうな言葉。
うまく聞こえる言葉。

そういう言葉を選ぶことに意識が向きすぎると、自分の本当の反応が見えにくくなります。

自分の言葉を取り戻すには、まず自分の小さな感覚を疑いすぎないことです。

「こんなことを書いてもいいのかな」
「これはありきたりじゃないかな」
「もっとかっこよくしないといけないかな」

そう思う前に、一度そのまま置いてみる。

そこにある感情を、すぐに評価しない。
出てきた言葉を、すぐに捨てない。
まだ弱い言葉でも、まずは残してみる。

その中に、自分の言葉へ育つものが混ざっています。

もちろん、出てきた言葉をそのまま完成にする必要はありません。

最初に出てきた言葉は、まだ荒いかもしれません。
説明不足かもしれません。
独りよがりかもしれません。
リスナーに届く形には、まだなっていないかもしれません。

それでも、その言葉は大切です。

なぜなら、それはあなたの心から出てきた最初の手がかりだからです。

作詞は、その手がかりを磨いていく作業です。

自分の心から出てきた言葉を、
リスナーが受け取れる形に整えていく。

自分のためだけの感情を、
誰かの心にも届く表現へ育てていく。

その過程の中で、自分の言葉は少しずつ強くなっていきます。

自分の言葉とは、最初から完成された名言ではありません。

自分の中にある感情や経験を、逃げずに見つめた先に出てくる、まだ小さな本音です。

その小さな本音を否定せず、
すぐに飾りすぎず、
少しずつ歌詞として育てていく。

そこから、本当に自分の言葉は生まれます。

もしあなたが今、自分の言葉がわからなくなっているなら、まずは上手い表現を探す前に、自分に問いかけてみてください。

「本当は、何に心が動いたのか」
「本当は、誰に何を届けたいのか」
「本当は、何をわかってほしかったのか」

その答えが、まだ不器用でも大丈夫です。

不器用な言葉の中にこそ、自分の言葉の入口があります。

歌詞は、自分をよく見せるためだけのものではありません。

自分の中にある言葉を見つけ、
それを誰かに届く形へ育てていくためのものです。

自分の言葉は、遠くに探しに行くものではありません。

あなたがこれまで感じてきたこと。
受け止めてきたこと。
言えずに残してきたこと。
それでも誰かに届けたいと思っていること。

その中に、もう眠っています。

H1R0I

この記事を書いた人

作詞専門コンサルタント、作詞家、そして連続起業家。H1R0Iとしての活動の他に、2つの独自事業を展開している。

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