途中で手が止まる歌詞には、止まるだけの理由がある

どうも、H1R0Iです。

歌詞を書き始めたものの、途中で手が止まることがあります。

最初の数行は書けた。
テーマもなんとなく見えていた。
感情もあった。
このまま形にできそうな気がしていた。

それなのに、途中から急に進まなくなる。

続きを書こうとしても、言葉が出てこない。
どこへ向かえばいいのかわからない。
何を書いても違う気がする。
最初にあった熱が、だんだん消えていくように感じる。

そんなとき、多くの人は「集中力がない」「才能がない」「まだ力不足だ」と考えてしまいます。

でも、歌詞が途中で止まるのには、止まるだけの理由があります。

たとえば、最初に出した感情の奥を、まだ見つめきれていない場合があります。

寂しい。
悔しい。
好き。
忘れられない。
前に進みたい。

そうした感情はある。

けれど、その感情を通して本当は何を届けたいのかが見えていないと、途中で言葉が迷いやすくなります。

感情は出た。
でも、向かう先が見えていない。

この状態では、歌詞は途中で止まりやすくなります。

また、視点が途中で揺れている場合もあります。

最初は自分の気持ちを書いていたのに、途中から相手への言葉になる。
過去を振り返っていたのに、急に未来への決意になる。
自分の内面を書いていたはずなのに、リスナーへのメッセージに変わっていく。

もちろん、視点が変わること自体が悪いわけではありません。

ただ、自分でも気づかないまま視点が動きすぎると、歌詞の中で道に迷います。

あなたの歌詞は今、誰の視点で語られているのでしょうか?

その言葉は、誰に向かって置かれているのでしょうか?

ここを確認するだけで、止まっていた理由が見えてくることがあります。

さらに、最初に出てきた言葉を守ろうとしすぎて、次へ進めなくなることもあります。

最初のフレーズが気に入っている。
だから、その雰囲気を崩したくない。
でも、その先にどう展開すればいいかわからない。

そういうときは、そのフレーズが悪いのではありません。

ただ、そのフレーズが何を言おうとしているのかを、まだ十分に見つめられていないのかもしれません。

途中で手が止まったときは、無理に続きをひねり出す前に、一度立ち止まってみてください。

この歌詞は、何を届けようとしていたのか?
中心にある感情は何か?
どこから見て、誰に向けて書いているのか?
次に必要なのは、説明なのか、場面なのか、気付きなのか?

こうした問いを持つことで、止まった場所の意味が見えてきます。

歌詞が止まることは、必ずしも失敗ではありません。

むしろ、その歌詞が「ここを見直してほしい」と教えてくれている場合があります。

途中で止まった歌詞には、止まるだけの理由があります。

その理由を責めるのではなく、丁寧に見つめること。

そこから、次の一行が見えてくることがあります。

H1R0I

この記事を書いた人

作詞専門コンサルタント、作詞家、そして連続起業家。H1R0Iとしての活動の他に、2つの独自事業を展開している。

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