物語の中で歌う言葉と、自分として歌う言葉の違い

どうも、H1R0Iです。

歌詞には、大きく分けて二つの立ち位置があります。

ひとつは、自分自身として歌う言葉。
もうひとつは、物語の中の存在として歌う言葉です。

この違いを意識しないまま書くと、歌詞の中で視点が揺れてしまうことがあります。

自分の本音を書いているつもりなのに、どこかキャラクターの言葉のようになる。
キャラクターとして歌わせたいのに、書き手本人の感情が前に出すぎる。
物語の世界観を描いているはずなのに、急に現実の自分の言葉に戻ってしまう。

こうなると、歌詞の中で「誰が歌っているのか」がぼやけます。

自分として歌う言葉は、自分の経験や感情から生まれます。

自分が何を感じたのか。
誰に何を伝えたいのか。
どんな痛みや願いを抱えているのか。

そこが中心になります。

一方で、物語の中で歌う言葉は、その世界やキャラクターの心から生まれます。

そのキャラクターは何を見ているのか。
どんな過去を背負っているのか。
誰に向けて歌っているのか。
その世界の中で、その言葉はどんな意味を持つのか。

ここが大切になります。

あなたが今書こうとしている歌詞は、自分として歌う言葉でしょうか?

それとも、物語の中の誰かとして歌う言葉でしょうか?

この立ち位置を決めるだけで、言葉の選び方は変わります。

たとえば、自分として歌うなら、多少生々しい本音が入っても自然です。

「本当は怖かった」
「まだ忘れられない」
「誰かに気づいてほしかった」

そうした言葉は、自分自身の感情として響きます。

でも、物語の中のキャラクターが歌うなら、その感情をそのまま出せばいいとは限りません。

そのキャラクターなら、弱さを隠すかもしれない。
本音を別の言葉に置き換えるかもしれない。
誰かに届かないように、あえて遠回しに歌うかもしれない。

つまり、物語の中で歌う言葉には、その役の人生や関係性が反映される必要があります。

自分として歌う言葉は、自分の心に正直であることが大切です。

物語の中で歌う言葉は、その世界の内側から自然に出てくることが大切です。

どちらが上という話ではありません。

ただ、混ぜ方を間違えると、歌詞に違和感が生まれます。

自分の本音をそのままキャラクターに言わせてしまうと、キャラクターが崩れることがあります。
逆に、物語の設定だけに寄せすぎると、書き手の実感が消えて、歌詞が説明のようになることがあります。

だから大切なのは、どの立ち位置で歌うのかを見つめることです。

自分の言葉なのか。
キャラクターの言葉なのか。
自分の実感を、物語の中の言葉へ変換するのか。

ここが見えてくると、歌詞は整いやすくなります。

物語の中で歌う言葉と、自分として歌う言葉は違います。

けれど、どちらにも共通して大切なものがあります。

それは、その言葉の奥に心があることです。

自分として歌うなら、自分の心を見つめる。
物語の中で歌うなら、そのキャラクターの心を見つめる。

どちらの場合も、表面的な言葉だけでは届きません。

誰が、どんな心で、その言葉を歌っているのか。

そこを見つめたとき、歌詞はただの文章ではなく、声を持った言葉になっていきます。

H1R0I

この記事を書いた人

作詞専門コンサルタント、作詞家、そして連続起業家。H1R0Iとしての活動の他に、2つの独自事業を展開している。

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