感覚と理論を対立させない作詞の考え方

どうも、H1R0Iです。

作詞をしていると、感覚で書くべきか、理論で書くべきかで迷うことがあります。

感覚で書けば、自分らしい言葉が出る気がする。
でも、まとまりがなくなりやすい。

理論で書けば、構成や伝わり方は整えやすい。
でも、心の温度が消えてしまう気がする。

そうして、感覚と理論を対立するものとして見てしまうことがあります。

けれど、本来この二つは敵同士ではありません。

感覚は、歌詞の始まりです。
理論は、その歌詞を届けるための道筋です。

感覚がなければ、歌詞に心が入りません。
理論がなければ、その心がリスナーに届く前に散らかってしまうことがあります。

だから大切なのは、どちらか一方を選ぶことではありません。

それぞれの役割を分けることです。

感覚は、まず言葉を生むために使います。

何に心が動いたのか。
どんな景色が残っているのか。
誰に何を伝えたいのか。
どんな痛みや願いがあるのか。

そこは、理屈だけでは見つかりません。

自分の中にある小さな反応を拾う必要があります。

一方で、理論は出てきた言葉を見つめるために使います。

この歌詞は、誰の視点で語られているのか?
感情の中心はどこにあるのか?
リスナーが受け取れる形になっているのか?
言葉の流れは、届けたい想いに向かっているのか?

こうした確認をするときに、理論は力になります。

つまり、感覚は出すための力。
理論は育てるための力。

このように考えると、二つはぶつかりにくくなります。

あなたは今、感覚を信じようとして理論を避けすぎていませんか?

それとも、理論を守ろうとして感覚を押さえ込んでいませんか?

どちらかに偏りすぎると、歌詞は止まりやすくなります。

感覚だけに任せると、自分の中では熱いのに、リスナーには届きにくい歌詞になることがあります。
理論だけで整えると、形はきれいなのに、自分の心が通っていない歌詞になることがあります。

だから、感覚と理論は順番を分けて使う。

まず感じる。
まず出す。
まず残す。

そのあとで見つめる。
整える。
届ける形に育てる。

この順番を意識するだけで、作詞は少し楽になります。

理論は、感覚を否定するためにあるのではありません。
感覚は、理論を無視するためにあるのでもありません。

自分の中から出てきた言葉を、誰かの心に届く歌詞へ育てるために、両方が必要なのです。

作詞で大切なのは、感覚か理論かを選ぶことではありません。

感覚から生まれた言葉を、理論の力で届ける形へ育てることです。

その考え方ができるようになると、感覚と理論は対立しなくなります。

どちらも、あなたの歌詞を支える大切な力になります。

H1R0I

この記事を書いた人

作詞専門コンサルタント、作詞家、そして連続起業家。H1R0Iとしての活動の他に、2つの独自事業を展開している。

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